2026.6.14(日) 朝

テーブルの上に置いている観葉植物の葉から一滴の水が、いや、二滴の水が滴り落ちるようになっている。よく見てみると他の葉にも同じ様子が見え、不思議と目を奪はれる。葉から水が滴り落ちるように、人生も自分の思った通りに進むより、不意に訪れる出来事で、その出来事の一つ一つをどのように扱うかで、面白い人生か面白くない人生なのかが分岐する。

お金は大切なのでお金を大切にするのは当然だが、お金だけに縛られて生きると人生のその瞬間の連続は、人との関係性を小さくし、結果的に面白くない状態が生まれ、お金を得たとしても、心が満足せずに、残高だけが増えていく。そういう処まで人生の機微を理解した上で、人との関係を大切に扱えると、真に充実した人生になっていく。

何や当たり前すぎて、至極詰らぬ話をしているが、自己を形成する複合的な理由、人との関係や物との関係や氣との関係を調和と丁度良いバランスで統合していくと、自身にとって幸せの最善となる。

欲の出し方は、特に、他者との関係性を著しく悪くする欲については自身の傾向と不安をよく理解して、自身と付き合っていくのがいい。身の程を知れ、という言葉があるように、それは当人が高い位置なのか低い位置なのかを自他の声に耳を傾け、また、結果に対して真摯に受け止め、身の程を正しく把むことが、他者や環境に生かされている私達が傲慢にならずに生きていく処方に思へる。

私のこの書き物をしているテーブルの右前には美しいガラス花瓶が凛とたたずんでおり、静かに、でもあたたかくこちらを見てくれている。色とりどりのガラスの子達が、人生の豊かな彩りを教えてくれている。光に当たる色付きの花瓶は、私達の心の変化を表しているようだ。音もその一つの協奏曲に参入し、ハーモニーが全体を形成し、柔かく私を包む。美しいそれが手元にあることは、美しいと感じる私達の心を思い出させてくれるものとなり、人間が感じ表現できることを思い出させてくれる。

手元には美しいそれを大切に日々の中に採り入れ使うなら、私たちの感性は内側の蕾はゆっくりと一枚ずつ花を咲かせ、自身を表に出すことの制限を緩和してくれるだろう。私にとってのその美の一つは、万年筆である。この文字一つずつをこの世界に運ぶ上で、その一番の味方が黒と金の万年筆だ。

美しいそれはいつも手元に。もっと自身の感性を大切に。ときめくそれを諦めず。何歳になっても童の心を。人ではなく人間として過ごす勇氣を。その先にある繋がりの豊かさに挑戦を。光明。

岡村拓朗