葉脈に注ぐ光
2026.6.22(月)朝
今朝は二滴の雫が観葉植物から滴り落ちる。
毎朝、この姿に氣附くことになったのは、毎朝日誌を書くことが習慣になったからだろう。
不思議と毎日続くと、波が引いては押し、雲は空を流れ、鳥は囀り、夜が来たら朝が来て、人は何故か眠りから目が開き、息を吸っては吐き続け、其れが死の時まで続く。
昨日見た海は広く大きく、その様なことなど全て忘れさせる。夜になると、漆黒の海は何処か黒く、畏れ大い物が在ることを思い出させてくれる。
人の一生は自然や宇宙から見たら、何ともない一瞬とも言えない瞬きで終えていくのだろう。人は其の無常で広大な自然と宇宙を想うことで、一生の時の短さを感じ、其れと同時に、有限なる生に対して真摯になれる。
最近、企業組織の若手を育てる指導者や上級管理職を対象にしたハラスメント研修に登壇するなかで、人を育て活かす立場の人への研修が増えていることを実感し、私が届ける考え方や内容を通して、その企業組織の活性化に寄与することで、日本という国の後生を育てる仕事をしていることに想いを改めた。
一個の人間が出来ることはたかが知れているが、人と人を通して渡っていく情報によって、人々はこの社会という幻想を希望の状態へと創り上げることが出来る。一方でその対極である絶望を生み出すことが出来る。
成人教育や組織作りに関わる身として、この国の繁栄と当該組織の発展に繋がるように、その相手の方々に適切な雰囲気と言葉遣いと明確さを持って、全身でぶつかり、向き合っていきたい。
教育というのは国に未来を植えるものである、という考えを何時かのタイミングで読んだ本があった。
私も未来を植えていける人で在りたいし、私が関わる方々にもその方達にとって希望の未来を抱ける様、成人教育、いや、リーダーシップ開発と組織開発に携わり、この国の繁栄と後生の最大幸福に繋がるよう、氣概を持って臨みたい。
鳥がたのしそうに囀っている。時は穏やかに流れている。今日は晴れている。
葉脈。
岡村拓朗


