なぜ日誌と表現しているのか?
2026.6.13(土)朝
毎朝の楽しみがこの日誌を書くことだ。日記とせずに、日誌と表そうと思ったのは、直感的に日誌という言葉が降りてきたからだった。その理由を深く探ることなく日誌という言葉にしていたが、日誌を書くことが毎朝の楽しみと文字を書いて気付いたことがある。それは、日誌の誌が、志と言、この二字でできていることだ。志を言う、ということなのだろうか、不思議と日誌という言葉に惹かれていた理由が解った気がする。
一生懸命、生活をより良くするため、自分の能力を引き上げ続けられるようにするため、お客様と喜びを共に感じるため、仲間と近似した夢を共に見るため、ただただ仕事をしてきた。志はあったか問われると、有していた時もあるし、意味付けの限界、特に頭で考えて志を意味付けすることの限界という意味だが、志を、納得しない志を無理矢理設定せずに、志を脇に置いていた時期もあった。
志は持っていなければ持っていないで、幾分、気持ちは楽で、行動することだけに専念できることから大量の仕事の処理に達成感と充実感を得ていた。しかし、その状態は翻って自己を省みると、頭の高速回転による快楽獲得の道であったと思われる。
心は、気持ちは、魂はそこに載っていなかった、いや見ないように感じないようにしていた、と言える。そのような時期がどのくらいの期間か定かではないが、五年程度あったように思われる。そして、この一〜二年の間に、改めて自己の内側に向き合うことが増え、心や気持ちや魂と言った内面を大切にして扱うことが増えてきた。
岡村拓朗という一個の物体と存在を、思い込みではなく、正しくその存在を把握しようと努めてきた。それは時にアセスメントという手法を使い、たとえばMBTIやDiSCやリーダーシップサークルやHOGAN、はたまた星占いの専門家の方に診ていただくことや、体癖も参考に、できうる限り多面的に、岡村拓朗という存在の解明に努めてきた。コーチングという手法で、自己の内面を言葉にする機会も作った。
どれも岡村拓朗という存在の解明に役立った。一定以上の効果も実感し、外側から見た自己と、内側から発する自己と、その調整、整合、調和、統合をするのに大変に役立った。また、成人発達理論のStagesモデルの学習をすることで、人間の発達という観点からも自己の現状を省みることが少しずつだが習慣化されてきた。このような自分探し、自己探求をしていると、他人からは、本当によくやるね、といった言葉をもらうこともあった。確かに、人生の有限な時を使い、自己探求に資源を投下しているのかもしれない。
しかし、どうなのだろうか。あなたは自分という存在をどれほど解っているだろうか。自分の顔は鏡を使わない限り、正しく現実を把握できないように、己を解っているようで、自動操縦されていることに気付けないものだ。デルフォイの金言、「汝自身を知れ」があるように、未知なる不思議な物体である自己を正しく認識せしめる努力は、結局、自己の限りある人生を他人の生に依らずに精一杯に満足して生きることにつながる。
そのような想いを持って、私自身は、岡村拓朗という存在の解明に努めている。私がこの世から存在が消える前までに、少しでも自己の人生に大いなる納得感と、また、大義に生きる己を見つけたいと思っている。
生きるということは、物を食べ、出し、寝る程度の最低限を行う動作もあれば、自他を含む大いなるものに向かう道もあり、どちらが善悪かを言いたいわけではないが、それでも人間が持ちうる想像力と言語と思いやりと勇気、情熱を活かすならば、腹の底から納得し得て生きる大義の道もあることに気付いておきたい。
我々は見えるものと見えないもので構成される不思議な生命体であり、一人一人がその不思議な己に対して真摯に直視して生きていくことができるなら、おそらくこの世界は私にとって最高の地になると思っている。私はその地の実現に向けて、日記ではなく、志を書く意味を付帯して、日誌という行いを続けていきたい。
自己宣言で終わることの気味悪さほど劣悪なものはないが、それでもこの日誌は岡村拓朗という存在の解明に努めるのだから、道半ばで努力している存在として見ておこう。日誌ということに対して向き合った日誌となった。飛翔。
岡村拓朗



