はじめのうちは全然書けなくて自分に嫌悪した
2026.7.14(火)朝
誰かの為に書こうと思ってしまうと、筆が一気に止まってしまう。誰かの為に書いてみようと思っても、何故か頭が固まってしまう。
多少はかける。でも、心が載った文になるかというと、それが途端に難しくなる。そういう自分の状態を昔嫌っていた。自己嫌悪になっていたことが多かった。
そういうことから書くことが遠くなり、心を載せる作文はお酒を飲んで頭がはずれた時以外は書かなくなった。
心を載せた文章が出来上がると、誰かに読んでもらいたくなった。少しは文が書けると認めてもらいたかった。反応が無いと自分の文才が無いと感じ、そわそわした。それが続くと、心を載せた作文は遠い友達になった。
この日誌を始めたきっかけは、自分が本当にやりたかったことを想い出すため、ジュリア・キャメロンという作家の本を読んだことだった。
彼女の本を通して、毎日心に浮かんだことを書き続ける練習をし始めた。はじめのうちは全然書けなくて、そこでも作文できない自分に嫌悪した。それでも毎日毎日書く練習をしていると、書けることになる歓びの前に不思議な感覚が訪れた。
爽快感。落ち着き感。
ただ何も考えずに書いているだけなのに、その二つの感覚が訪れた。自分の内側の奥の奥にあるものが引っ張り出されて、つっかえていた物が一個ずつ減っていく。
誰にも聴いてもらえない、なかなか話しづらいものが、書くという行為によって達成されてしまったのだった。セルフコーチングは、もしかしてこの方法による書き方なのかもしれないと思った。それは革命だった。毎日の自分の心が軽くなるのだ。書かずにはいられなかった。
書き続けていくうちに、自分が好きだったことややりたかったことを少しずつ想い出していった。もっと自分を信じたいと思えるようになった。もっと自分を上から冷静に見てみたいと思えるようになった。
どんどん私という、岡村拓朗という人間を理解できるようになっていった。知っているようで知らない自分と巡り逢えることが面白かった。
次第に憧れていた作家達のようになってみたいと思うようになった。希うようになった。原稿用紙を手に取っていた。万年筆を使うようになっていた。律動が生まれるようになっていった。
生に歓びが、表現する歓びが授かるようになっていった。与えられたお題に対する解でなく、自らゼロをイチとして創っていくことに歓びを感じるようになっていった。良い意味で他人様の目線が気にならなくなり、私という存在の表現を赦せるようになっていった。
最近は、書くという行いが私にとっての人生の仕事になっている。表現するという行為を文字に載せていくことに、人生の前向きで垂直な志向が生まれるようになった。
稼ぐ仕事だけの世界を抜けて、のびのびと生きる道になった。書くという行いは、私の身体がこの世界から消滅しても、ずっと残り続ける。魂が存続し続ける。
後生ないしは現存する人たちへの贈り物になる。大切な人たちに岡村拓朗という人間を紹介することができる。会話では消えてしまう。書くことは残る。私は書くという行為によって、己の存在証明を果たそうとしている。
人生の午後に突入したことは、私の生き方、生に対して変化を与えてくれた。死を想えば想うほど、自分が残したいこと、見てみたいこと、作りたいことが明確になっていく。書くという行為は、私にとってのそれは、このような意味を持っている。
今日も新調したガラスの花瓶が、すらっとした佇まいで世界を写している。光は今日も世界を明るくしている。
岡村拓朗


