2026.7.8(水)朝  

激動のスケジュールの中、ただただ一つずつを集注して取組んでいる自分がいる。

この日誌を書く時、その集注した部分に這入り込んでしまって何処から脱け出し、息ができることを思い出す。

全体を俯瞰する為には、落ち着いて呼吸できる余白を作ることが求められる。

呼吸が出来るということは、今この瞬間に戻れることを意味し、即ち、余白と一を感じることが出来る行いだということ。

眼の前には新調した花瓶がある。

其処に存在するのかしないのかが明確に分からないレベルの透明度と、それでもこの全体を一つとして教えてくれる佇いが其処にはある。

花瓶は何も言わない。ただ其処で美しい佇いを帯びている。

「花が美しいのではない。美しい花があるのだ」と、小林秀雄の教えを想い出す。記述することが難しく、ただ私の観念を挟まずに、その物を描写出来るようになりたい。

この世界をありのままに見る、という行為を欲している。

岡村拓朗