古色蒼然でありたい
2026.6.23(火)朝
頭でしゃべる時、その時の声は何だか軽く、声のトーンも高い。肚でしゃべる時、その声は重く、トーンは低い。一つのことを伝える時、頭でしゃべるより、肚でしゃべることを選択することが増えた。
大切なことを届ける時、頭で語られる声は少し心許なく、霧散する感じがあり、肚から上がってくる声のほうが自分自身、安心感がある。
人前でしゃべることを私は商売としている。それで生計を立てて、生きている。講師業という仕事は、ただ情報を伝えるのではなく、相手がその情報を通じて日頃の仕事の中での変容や変更を試みて、其れ迄とは異なる上質な自分に出会い、その変容や変更を通して周囲に対して好影響を与えていけることを、それを願い、言葉と身体で情報を届けている、というのが私が講師業で大切にしている心掛けだ。
私には自分で掴み切れない程の顔が私の内側に眠っていて、今でも己というものを掴み切れずに人生を過ごしている。時にあらゆる顔が発する声が私であり、また、あらゆる声は私ではなく他の何かが単に代弁して語っていることもある氣がしている。
何故に其の様な言葉を吐くのかを己が解らないうちに表す時、知らない己に対して驚きもあれば、感心すら覚える。
それは高校3年の時だったように思うが、友人に対しての話を聴いている際に、「克己せよ」と言ったことがある。
何処でそんな言葉を仕入れてきたのか、てんで見当がつかないが、「克己せよ」と言った自分がいた。
当時の私は受験勉強をするだけで本と言える物は読んでいないにもかかわらず、その言葉が出てきた自分に驚いた。漢字さえも知らずに、克己せよ、と言ったのだ。もしかしたら、格闘マンガが好きだったことで何処かのフレーズに克己せよ、と言ったシーンがあり、単に其処から仕入れただけかもしれない。
然し大切なことは私が友を励ます時に出した言葉が古くさく青い感じに見える体育会系の克己という言葉だった己に打ち克つ、という意味であろう。特に辞書で調べたこともないが、克己という言葉から伝わってくる語感はそのような物だと心得ている。
あれからそろそろ30年は経とうとしているが、今でも克己という言葉は私にとって私の背骨を支える存在である。何故に克己したいのかなんて一切知る由は無いが、克己という言葉が岡村拓朗という人間を選んでくれた、そう捉えている。
人生の舞台は自身が意図するものと意図しないものの二つによって出来上がるが、その大部分は意図しない物によって構成されている。
知らず識らずのうちに浮かび上がり構築されていく人の生。
大切にしていることも、実は自分が選んでいるようで、先程申し上げた克己のように、言葉に選ばれている様にも思はれる。
自己を貫く言葉を獲得せしめし努力が当人の現状を越える姿を創り上げ、想像を超えた自己を超えた大いなるものに出会えるのではなかろうか。
言葉は太初にあり、見えない言葉は人知を超える存在であり、私達はその言葉によって日々を形成し、一生を彩りあるべく過ごしていく。
言葉への想いが積もるのは人間が備えている欲求なのだろうか。今でも克己して生きることを選んでいる己がいる。
不惑。
岡村拓朗


