2026.7.4(土)昼  

多分そういうことなのだろう、不思議と呼ばれる場所がある。何故か誘われる場所がある。解放される場所がある。そういう場所がある。

人は居る場所によって変わる。当たり前のこと過ぎて書くに憚れることだが、真険にこれを考えると中々に面白い。其の土地に流れる風や水や土に、其の土地独自の顔があって、そこに住む人々の呼吸や話し声、たたずまいや交わりによって、人は其の土地の人となっていく。

それは当人の意図を超えた、其の土地を取り囲む大氣である。

人生を過ごす上で、能率的に生きようと思うと、大都市が一番便利なことは言うまでもない。然し、その便利が与える代償として、人は生きる実感を失っていく。便利が与える効率は、日常の動作を少なくし、頭だけで生きていく確率がぐんぐん上がっていく。何を一生に求めるかは当人次第だが、頭と心を与えられた人間は、そのどちらも活かすことで、人間らしい生を送れるのではないだろうか。

何処に居着いて生命を愉しむのか、今、私にとって大きな関心事項の一つである。多くの理由をつけて、心魅かれる地を選ぼうとするものの、不思議と、いつもの処に呼び寄せられる。流れる川は姿を変えながら、姿を変えないままに表し、ただ、ただ山はただ大きく其処に存在し、飛び行く鳥は静かに羽を休めている。変わらない変化をただただ教えてくれている。

この場所は私にとっての最高の地なのかもしれない。夢は膨らむ。

岡村拓朗