人を信じるということ

こんにちは、岡村拓朗です。
私が苦手な日本語の表現に、「〜させる」といった言い方があります。私自身、誰かから強制されることを苦手としていることもあると思いますが、「〜させる」という表現には、相手の意向を確認しない印象があることが嫌なのだと思います。相手には相手の都合がありますし、その気になっていただいたほうが、結果的に建設的に物事は動くと思うのです。
どうしても相手に動いてもらいたい時に、強制力を持ったコミュニケーションがあることも事実です。しかし、その時でさえも、その相手を動かしたい欲求を持つのは自分自身なので、自分を主語に、使役や強制ではない日本語表現をしたいのです。
誰かを無理に動かすのではなく、その人自身から湧き出る想いを尊重したい。なぜなら、私たち一人ひとりが自分の声を持ち、その声のすべてが実現しなくても、その声が表現されることで存在の肯定につながると信じているからです。
その声の内容がいかなるものであったとしても、私たちは表現できることで、自らの存在を認めることができるのではないでしょうか。
私の仕事は、研修やコーチングといった対人支援です。研修では、一人ひとりの挑戦を最大限応援したいですし、コーチングでは、その人の悩みに寄り添いながら、その人が実現したいことを最大限応援したいと思って、人に関わっています。でも、ここでも相手を「〜させる」ことはしたくありません。その挑戦や悩みを吐露する決定権は、もちろん私ではなく、相手にあります。
相手の方には安心していただくと同時に、ほんとうに叶えたい願いや夢(それは大きくても小さくてもいいのですが)、それが実現できると信じられる状態に関わっていきたい。そういう想いを持って、人と接していることに気づきます。
この4月の新人研修は、13回登壇しました。受講生の方々は、最初はどうすれば良いのか分からない状態だったのに、少しずつ山を超えるたびに、自らの力でできることを知っていき、最後は、朝にできなかったことができるようになる姿を何度も目撃しました。
そのような姿を見るたびに、人間は誰かに強制されずとも、自ら学ぶことで変われるという事実を目の当たりにすると同時に、美しい変化を遂げているように見えるのです。
そう考えていくと、こんな問いが浮かびます。
あなたは何を大切にして生きていますか?






